タイミング法はじめたきっかけ
タイミング法は正直先生に言われるがままに「まずはタイミングから」でした。
正直何回チャレンジしたか覚えていませんが、クリニックに通い始めてから半年3〜4回はタイミングをとったかと思います。
クリニックに通院するまで何度も夫婦でタイミングをとってきたので、今更意味があるのか、早く人工授精にステップしたい気持ちでのスタートでした。
気持ちの変化
タイミング法を始めたころは、「先生に言われた日=がんばる日」と思っていました。
でも回数を重ねるごとに、「この日とこの日にタイミングをとってください」とカレンダーに印をつけられるたび、胸がぎゅっと苦しくなっていきました。
本当は、自然な流れでスキンシップがあって、その先に赤ちゃんが来てくれたらいいのに。
いつの間にか、私たち夫婦の時間は「排卵日」「タイミング」「この日とこの日」という言葉に支配されていきました。
夫も協力してくれているのは頭ではわかっているのに、どこかお互いに「やらなきゃいけないこと」をこなしているような空気になってしまって。
終わったあとに、なんとも言えない虚しさや申し訳なさが押し寄せるときもありました。
あの頃の私にとって、「タイミングを取る」という言葉は、赤ちゃんを授かるための希望であると同時に、夫婦関係が少しずつぎこちなくなっていく合図でもあったのかもしれません。
生活のすべてが不妊治療になっていった
体外受精に進んでからは、生活のすべてが不妊治療中心になっていきました。
朝起きても、仕事をしていても、夜寝る前も、「次こそはうまくいくかもしれない」「今度こそ妊娠したい」という気持ちばかりが頭の中をぐるぐる回っていました。
「気晴らしに旅行もいいよ」と聞くこともあったけれど、私にはその余裕がありませんでした。
もしその周期をお休みしているあいだに妊娠のチャンスを逃してしまったらどうしよう…と考えてしまい、一回おやすみすることすら怖くてできなかったんです。
実家に帰省するたび、電話するたびに、祖母や親戚から「子どもは?」「まだ?」と何度も聞かれました。
悪気がないのはわかっていても、その一言一言が心に刺さって、ひとりで泣いたこともあります。
追い打ちをかけるように、兄弟や周りの友だちに次々と子どもが生まれていきました。
心から「おめでとう」と言いたいのに、自分の中にどうしようもないモヤモヤや悔しさ、取り残されたような虚しさが膨らんでいって…。
いつの間にか、「妊娠できない自分は、どこか“できそこない”なんじゃないか」と感じるようになっていました。
本当はそんなことないって、今ならわかるのに、当時の私は、自分で自分をどんどん追い込んでいってしまっていたんだと思います。
夫と私、それぞれのしんどさと、周りの言葉との付き合い方
幸いにも、義理の父と母からは子供の話がなく、当時の私には唯一すごく助かりました。
気を遣ってくださっていたんだなと今でも感じます。
不妊治療をしていた当時は、「一番つらいのは自分」だと思っていました。
毎月生理が来るたびに一人で泣いて、薬や注射の副作用に耐えて、仕事と通院のスケジュールをやりくりして…。
正直、夫に対して「私はこんなに頑張っているのに」という気持ちを抱いてしまうこともありました。
でも今振り返ると、夫は夫なりに、違う形でしんどさを抱えていたのだと思います。
私がピリピリしているのを感じながらも、私の好きなようにさせてくれたし、いつも見守っていてくれていた気がします。
当時の私は、自分のつらさでいっぱいで、夫の気持ちを察する余裕がありませんでした。
些細な一言や表情に過敏になって、「やっぱりわかってもらえない」と心の中で決めつけてしまっていたところもあります。
けれど今思えば、お互いに悪者はいなくて、「どうしたらいいかわからないふたり」がいただけだったのかもしれません。
そこに追い打ちをかけるように、周りの言葉が刺さりました。
帰省するたびに聞かれる「子どもは?」「まだ?」という何気ない一言。
悪気はないと頭では理解していても、「その言葉を一番気にしているのは自分なんだよ」と叫びたくなる気持ちでいっぱいでした。
兄弟や友だちに次々と赤ちゃんが生まれて、「おめでとう」と伝えるたびに、自分の心が少しずつ削られていくような感覚がありました。
心が崩壊
本当は心から祝福したいのに、素直に喜べない自分が嫌で、「こんな自分は人としてダメなんじゃないか」とまで思ってしまったこともあります。
「なんで私だけが」と思う気持ちが強くなり、ついに爆発した私は母に全てをぶつけました。
かなりひどいことも言いました。それによって母と喧嘩になり、距離ができたこともありました。
今ではとても申し訳ないことをしたなと猛省していますが、母はそんな私を受け止めてくれました。母は偉大ですね。
あの頃の自分と同じ境遇の人へ
周りの言葉に傷ついたときに、自分を守るために距離を取ることも、連絡頻度を少し減らすことも、「弱さ」ではないと今は思っています。
不妊治療中の自分を守れるのは、自分しかいません。
あの頃の私のように、夫婦関係や周りの一言で追い込まれている人がいたら、「全部をうまく受け止めなくてもいい」「逃げてもいい」と伝えたいです。
あの頃の私と同じように、「休むのも怖い」「周りの何気ない一言で傷ついてしまう」人がいたら、どうか自分を責めすぎないでほしいです。
不妊治療に向き合っているだけで、もう十分すぎるほど頑張っていると思います。


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