不妊治療の「やめどき」を意識し始めたきっかけ
不妊治療を始めたばかりの頃は、「やめどき」なんて考えもしませんでした。
とにかく前に進むこと、次の周期に希望をつなぐこと、それだけで精一杯でした。
けれど、タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精とステップが進むにつれて、通院の回数も、
支払う金額も、心のアップダウンもどんどん大きくなっていきました。
特に今でもはっきり覚えているのが、1回目の採卵のことです。
そのときは麻酔がなく、卵子を吸引するたびに体がこわばるような強い痛みが続きました。
手術台から降りた瞬間には意識が遠のいて、目の前が真っ暗、立つこともできなくなってしまいました。
幸い看護師さんに支えてもらったので大事には至らずに済みました。
「この痛みに、私はこれからも何度も耐えなきゃいけないのかな」
心のどこかでそう思いながらも、「ここで諦めたくない」という気持ちだけで必死に支えていました。
それだけ頑張った採卵でしたが、受精卵として残ったのは初期分割胚が1つだけ。
「これがうまく育ってくれますように」と祈るような気持ちで移植の日を迎えましたが、その1つも良い結果にはつながりませんでした。
あのときの絶望感は、今でも忘れられません。
体の痛みよりも、「これだけ頑張ってもダメなのか」という気持ちのほうが、じわじわと心を蝕んでいきました。
この経験が、「私は一体どこまで続けられるんだろう」という問いを強く意識するきっかけになったのだと思います。
やめるか続けるか悩んだときに考えていたこと
「やめるか、続けるか」。
この2つの選択肢を意識し始めてから、私の頭の中は同じ質問を繰り返していました。
ここまでお金も時間も気持ちも注ぎ込んできたのに、途中でやめてしまっていいのか。
「あのとき続けていれば、もしかしたら授かっていたかもしれない」と後悔しないか。
一方で、このまま走り続けたら、心も体も家計も、どこかで壊れてしまうんじゃないか——。
採卵の痛みも、受精卵1つしか残らなかった絶望も、積み重なっていくたびに、
「これ以上、自分を追い込んでもいいのか」と自問自答するようになりました。
夫には「やめどき」の話をしたことはありません。
心のうちを話すと負けたような気持ちになってしまう気がして、話せませんでした。
私の中にはいつも、
「ここまで頑張った自分を報いたいから、もう少しだけ続けたい自分」と、
「これ以上自分を追い込まずに、そろそろ楽にしてあげたい自分」が同時に存在していました。
そのふたつの気持ちの間で揺れながら、
私は「やめどき」という見えないラインを、ずっと探していたような気がします。
私が決めていた「自分なりのライン」
年齢と助成回数を目安にしていたこと
私が不妊治療の「やめどき」を考えるとき、いちばんの目安にしていたのは、2016年当時の
国の不妊治療助成金の上限回数でした。
「助成の回数が終わるまでに結果が出なかったら、そのときは一度立ち止まろう」と、
はっきり言葉にはしないまでも、心のどこかで決めていました。
年齢についても、なんとなく「30代後半まで」が自分の中のラインでした。
何歳まで治療を続けるのか、はっきり決めきれなかったけれど、「このまま40代に入っても
ずっと治療だけを続けている自分」を想像すると、正直、怖さのほうが大きかったんです。
お金のラインは「助成金+年齢」が限界を迎えたとき
お金のラインは、とてもシンプルに考えていました。
「助成金の上限回数が終わる」か、「自分の年齢が目安にしていたラインに近づく」か、
そのどちらかが限界にきたら、そこがやめどきなのかもしれない——。
実際には、治療費は助成金だけでまかなえるものではなく、自己負担もどんどん増えていきます。
通帳の残高やクレジットカードの明細を見ながら、「もう少しだけ」「今回だけは」と
自分に言い訳をし続けている感覚もありました。
それでも、「助成金」と「年齢」というわかりやすい目安がなかったら、きっと私はどこまでも
自分を酷使してしまっていたと思います。
心はとっくに限界を超えていた
本当のことを言うと、心のラインは、とっくに限界を超えていました。
生活のすべてが不妊治療中心になり、頭の中は次の周期のことばかり。
私の実家に帰省して、祖母や親戚から「子どもは?」「まだ?」と聞かれるのが怖くて、
だんだんと帰省そのものができなくなっていきました。
「助成金が終わったら」「年齢がここまできたら」と理屈では考えていても、心はもうボロボロで
「本当は今すぐにでも全部やめたい」と何度も思っていました。
それでも、ここまでかけてきたお金や時間、期待してくれている周りの人の顔を思い出すと、
「やる」という選択肢を自分に許せないまま、なんとか前に進もうとしていたのだと思います。
今振り返って思う「やめどき」の考え方
当時の私は、1周期でも治療をおやすみすることが怖くて仕方ありませんでした。
「一刻も早く妊娠したい」「次こそうまくいくかもしれない」という気持ちが強すぎて、
1ヶ月のお休みさえもったいない、と本気で思っていました。
でも今振り返ると、あの頃の私は、心のほうはとっくに限界を超えていたと思います。
実家に帰省することすらつらくなって、人に会うのも、周りの何気ない言葉を聞くのも、
だんだん耐えられなくなっていました。
それでも「止まったら終わってしまう気がする」と感じて、必死に走り続けていました。
今の私の目から見ると、「凍結してある受精卵をすべて使い切ったタイミングで、
一度お休みしてもよかった」と感じています。
もちろん、そのときの私が「お休みします」と言えたかどうかはわかりません。
それでも、「ここまで頑張った自分を一度労わるためのおやすみ」を、自分に許してあげてもよかったな、と素直に思います。
不妊治療のやめどきやおやすみどきに、正解はありません。
誰かが決めた基準ではなく、「自分と家族の心とからだ、お金がこれ以上すり減らないためのライン
を、それぞれが決めていいのだと思います。
当時の私は、それを自分に許せなかったけれど、今この経験を書き残すことで、
誰かが少しだけ立ち止まるきっかけになればうれしいです。
いま治療のやめどきで悩んでいる人へ
私が不妊治療をしていたとき、「やめどき」を決める正解なんてどこにもありませんでした。
医学書にも、ネットにも、誰かの体験談にも、「これが正解」という答えは載っていません。
「助成金の回数」「年齢」「お金」「心」。
それぞれがそれぞれの人にとって違うラインがあるだけです。
もし今、あなたが「続けるか、やめるか」で悩んでいるなら、
まずは「自分と家族にとってのライン」を、少しだけ書き出してみることをおすすめします。
「この治療法を〇回まで試してみる」
「この金額を超えたら一度立ち止まる」
「心がこれ以上もたないと感じたら休む」
完璧な基準じゃなくていいんです。
あの頃の私のように、「一刻も早く妊娠したい」と自分を追い込みすぎる前に、
「自分を守るためのライン」を、少しだけ用意しておくだけでも違います。
そして何より大事なのは、
「続けることを選んでも、やめることを選んでも、どちらも間違いではない」ということ。
「ここまで頑張ったのに」と自分を責める必要はありません。
「これ以上は無理」と感じるなら、それは「自分を守るための正しい選択」です。
凍結胚をすべて使い切るまで、
助成金の回数が終わるまで、
30代後半まで、
私があのとき引いていたラインは、決して正解ではありませんでした。
でも、あのラインがあったからこそ、私は最後まで自分を保てて、
そして治療の先にある未来にたどり着けたのだと思います。
今つらい人は、あの頃の私と同じように、
きっと素晴らしい未来を切り開いていける人です。
どうか、自分を信じて、納得できる選択をしてください。


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