不妊治療で心が折れかけた私が、いま3人の母になるまで

不妊治療

妊娠できない自分はダメだと思っていたあの頃

以前の記事で書きましたが([費用記事へのリンク]、[心の記事へのリンク]、[仕事記事へのリンク])、

2014〜2016年の不妊治療時代は、本当に心がボロボロでした。

毎月生理が来るたびに「またダメだった」と自分を責め、

鏡を見るたびに「妊娠できない私は、女として価値がないんじゃないか」と感じていました。

特に覚えているのは、タイミング法、人工授精、体外受精で結果を聞きに行くたびに「つぎこそは妊娠しているはず」「いや、期待してはだめ。あとで落ち込みたくない」という気持ちの繰り返し。

そして、追い打ちをかける親戚からの「子どもは?」という声でした。

最終的には、帰省することができなくなるぐらいでした。

「このまま子どもができない人生だったら、私の人生って何のためにあるんだろう」

「夫にも悪いな」「親にも申し訳ないな」「子どものことを聞かれるたびに周りに、なんと答えよう」

自分を責める考えが頭の中をぐるぐる回っていました。

周りに子どもが欲しいと焦っているとみられたくない

なんで子どもができないんだろうと勘ぐられたくない

と周囲の目を気にする自分もいました。

あの頃の私は、不妊治療を頑張っている自分すら認められなくて、

ただただ「妊娠できない自分=ダメな人間」と思い込んでいました。

でも今、私は3人の子どもの母です。

あの地獄のような日々があったからこそ、

今、子どもたちの笑顔を見るたびに全身が震えるほどの幸せを感じています。

奇跡のようだと感じた妊娠とクリニック卒業までの不安

陽性判定を聞いたとき、嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜べませんでした。

「本当に?」「クリニックを卒業するまではなにがあるか分からない」と、喜びより先に不安が胸いっぱいに広がっていきました。

エコーで小さな命を確認できたときも、「ここまで来たからもう安心」とは思えませんでした。

次の検診でもちゃんと心拍が確認できるだろうか、この子は私のお腹にとどまってくれるだろうか——

診察室に入るたびに、手のひらにじんわり汗をかいていたのをよく覚えています。

母子手帳をもらうまでは、なかなか安心できませんでした。

不妊治療を長く続けてきたからこそ、「妊娠=ゴール」とはどうしても思えませんでした。

うまくいかなかった周期のつらさや、何度も期待しては落ち込んだ記憶が、妊娠中もずっと私の心の中に居座っていたのだと思います。

3人育児の今だからわかる、不妊治療の意味

そんな私も、今は3人の子どもに囲まれて暮らしています。

朝から晩まで「ママ〜!」の嵐で、正直、静かな時間なんてほとんどありません。

ごはんを作っても誰かが「これ嫌い」と言い、片づけてもすぐに部屋はぐちゃぐちゃ。

毎日バタバタで、イライラしてしまう瞬間もたくさんあります。

それでも、ふと3人が並んで眠っている姿を見たとき、あの頃の自分を思い出します。

街中で、妊婦さんを見るだけで涙が出そうになっていた私。

「この先、私はずっとひとりなのかもしれない」と本気で思っていた私。

その頃の自分が、今のこの光景を見たら、きっと信じられないだろうな、と胸が熱くなります。

3人育児は決して「キラキラ」した毎日ではないし、「大変だね」と言われれば「本当に大変です」と即答します。

それでも、子どもたちの寝顔を見ていると、「この子たちに会うために、あの不妊治療の時間があったのかもしれない」と思える瞬間があります。

不妊治療の意味は、当時はどれだけ考えてもわからなかったけれど、今は少しだけ、その答えのようなものを感じながら過ごしています。


不妊治療の経験が、母としての私に与えてくれたもの

不妊治療の経験は、決して「つらかった思い出」だけでは終わっていません。

母としての私の中に、確かに根を張っているものがいくつかあります。

ひとつは、「当たり前」を当たり前だと思わなくなったことです。

朝起きて、子どもが「おはよう」と言ってくれること。

発熱もせずに元気に学校や保育園に行ってくれること。

そんな小さな日常に、「今日もここにいてくれてありがとう」と感じる瞬間が増えました。

もうひとつは、「比べない子育てをしたい」という気持ちです。

不妊治療中、私はずっと誰かと自分を比べて苦しくなっていました。

周りの妊娠報告、出産報告を見るたびに、「どうして私は」と自分を責めてしまっていたからこそ、

子どもたちには、できるだけ「誰かと比べなくていいよ」と伝えたいと思っています。

そして、「しんどいときは休んでいい」という感覚も、不妊治療から学んだことのひとつです。

あの頃の私は、自分の限界がわからないくらい無理をしていました。

だからこそ、子どもたちには「頑張ること」だけでなく、「立ち止まること」も教えてあげたい。

不妊治療をしていたときには想像もつかなかったけれど、あの経験は今の私の子育ての土台になっています。

あの頃の涙も、迷いも、自己否定も、全部が今の「母としての価値観」につながっているのだと感じています。

今つらい人へ

もし今、不妊治療の真っ只中で、毎月結果に振り回されて、心がすり減っている人がいたら。

私はきっと、あの頃の自分と同じように、あなたの隣に座って一緒に黙っていたくなると思います。

「妊娠できない自分はダメだ」と感じてしまう気持ちも、

周りの何気ない一言に傷ついてしまう心も、

他の人を素直に祝えない自分が嫌になる瞬間も、全部わかるからです。

でも、どうか覚えていてほしいのは、

「不妊治療を続けているあなた」は、もうそれだけで十分すぎるほど頑張っているということ。

結果が出るかどうかに関係なく、その頑張りが無駄になることは絶対にありません。

未来のあなたは、今のあなたにきっとこう言うと思います。

「あのとき、よくあんなに泣きながら、それでも通院を続けたね」

「あの努力があったからこそ、今の私がいるんだよ」と。

子どもが授かるかどうかは、誰にも約束できません。

それでも私は、不妊治療の先には、どんな形であれ、必ず未来の自分からの「ありがとう」が待っていると信じています。

あの頃の私にそう伝えたかったように、今、この文章を読んでくれているあなたにも、同じ言葉を届けたいです。

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